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じもラブ Vol.08 トレイルランナー・身延町観光大使 石川弘樹さん × 日蓮宗身延山宿院武井坊36世住職 小松祐嗣さん

石川さん小松さん

2022年11月27日で8回目を迎えた「修行走」。身延山と七面山を結ぶ古の信仰の道「身延往還」を走る、世界でも珍しいトレイルランニングレースです。発案者であり、中心となって活動している日蓮宗身延山宿院武井坊36世住職 小松祐嗣さんと、日本のトレイルランニングの第一人者であり、アドバイザーとして立ち上げから深く関わってきたプロトレイルランナーの石川弘樹さんに、始めた経緯やトレイルランニングの魅力、身延に寄せる思いなど、存分に語っていただきました。

 

はじまりは、古道を使って新しいことをはじめ、身延に活気を取り戻したいという願い

小松さん1小松:身延山には、年間を通して全国各地の信者の方々が参拝に来られるのですが、時代とともにその数は少なくなっていて、このままやっていても、将来爆発的に増えるなんてことは期待できそうもない。でも、私たちはこの町でこれからも暮らしていかなければならないわけですから、もっとたくさんの人に来てもらえるような何かいい方法はないかということは、ずいぶん前から考えていました。
そんななか、直接のきっかけになったのは、身延山と七面山を結ぶ「身延往還道」の存在です。七面山に続く唯一の道で、昭和初期までは、お坊さんも、参拝者も、みんなこの道を通っていたので、往来もすごくあったんですね。ところが、今はほとんど使われなくなって荒れてしまっている。せっかくの歴史ある道なので、この道を使って何かできないかと考えるようになり、その後、共通の知人に石川さんを紹介していただいて、いろんなことが動き始めたという感じですね。

石川さん1石川:僕は、プロトレイルランナーとしての活動の一環としてトレイルランニングの普及活動にも取り組んでいて、山梨県でも、2009年から始まった甲府市の「武田の杜トレイルランニングレース」に、コースを作るところから携わらせてもらっています。そこからのつながりで、甲府にあるアウトドアショップ「エルク」さんから、身延に古い参道を使って何かやりたい人がいると、小松さんをご紹介いただきました。それが、第1回の「修行走」を開催する2年ほど前、2011年のことでした。

小松:当時私は、山の中を走るトレイルランニングというスポーツがあることすら知らなかったのですが、七面山にはそれこそ小さい頃から登るなど、登山は身近なスポーツでしたし、サーフィンを趣味で楽しむなど身体を動かすことも元来好きでしたので、今日はちょっと走りたいなと思うと、身延山頂まで参道を走って行き来するということも日常的にやっていたんですね。そんなこともあって、石川さんからトレイルランニングのお話を聞き、これはもう、ぜひ身延でやりたい、やらなければと、一気に気分が高揚しました。

石川:実は僕にとっても、小松さんとの出会いには特別な意味がありました。僕はプロになった当初、アウトドアスポーツとしてのトレイルランニングが当時もっとも盛んだった北米へ単身渡って、武者修行のつもりでいろいろな大会に出ていたのですが、あるとき、超有名なアメリカ人のトップ選手から、「お前、日本人だろう?“モンク(monk)”を知っているか。日本には、山の中を走って修行をする“モンク”がいるだろう?」と声をかけられたんです。その時はピンと来なかったけれど、後で調べて、彼の言う“モンク”は“修験者”のことで、日本では、古来、修験者と呼ばれる人達が山の中を駆け回り修行を積んでいたことを詳しく知って、競技やレジャーとは違うけれど、山岳信仰のなかで日本にも山を走る文化があったんだと、ものすごく感激したんですね。言ってみれば、これは今に至る僕の活動の原点ともいうべき体験なのです。そんなこともあって、小松さんとお会いし、日本の信仰の源となる神聖な場所でトレイルランニングのレースをするというのであれば実現させたい、ぜひ力になりたいと、心から思いましたね。

 

石川さん小松さん1

 

後ろ姿

 

世界でも珍しいレースをこの山で開催したい。
重なる思いをカタチに変えて

小松さん2小松:トレイルランニングの大会をやろうと決まったものの、開催するには越えなければハードルはたくさんありました。なかでも、久遠寺の方々や地元の方々に、何をやろうとしているのかを理解してもらうのは大変でしたね。当時、「山を走る」と言っても、「走れるわけないだろう」と、誰も信じてくれませんでしたから。山を走る競技があるといくら口で説明しても、イメージができないんですね。なので、石川さんに来ていただいて、トレイルランニングがどういうものなのかを教えてもらうことから始めました。

石川:パワーポイントで資料を作ってきて、レースの写真をお見せしながら、商工会で地元のみなさんにトレイルランニングのプレゼンテーションをしましたね。

小松:ええ。それでも完璧に理解していただき、全員に賛同していただくのは難しかったのですが、当時の商工会の課長さんが、「これは、何年後にやろうなんて言っているとできなくなるよ。いつやると決めて、スピードを上げて準備をして、やっちゃった方がいい」と背中を押してくれました。正直言うと、大会運営なんて初めてで、どんな準備をしたらいいのかわからないし、迷いや不安もあったのですが、その言葉に勇気をもらって、私も、「じゃあ、1年くらいで全部やっちゃいましょう」と。それからは、石川さんにもアドバイスを頂きながら、急ピッチで準備を進めました。

コースについては、身延山への参道は身延山久遠寺の山林部が管理しているのですが、誰も通らなくなった追分から早川、赤沢への道には、大きな落石がゴロゴロしていて、歩くのも困難な状態でした。幸い道幅が広く重機を入れることができたので、早川町にご協力いただき、何度か整備に入ってもらって、安全に走れる状態にすることができました。

集客は、SNSを中心にやりました。当時フェイスブックが普及したタイミングだったので、それが役立ちましたね。どんどん情報を流して…。石川さんにも、いろいろな場所でアピールしてもらいました。

石川さん2石川:大会のイメージをどう伝えるかという事には、とても慎重になりましたよね。それがまさに「修行走」という言葉に行き着いた所以でもあると思うんです。僕は自分がレースをプロデュースするときは、「トレイルランニングレース」というトレイル、山を走るレースだとわかるタイトルを意識してきましたけれど、小松さんが発案した「修行走」には、単なる山を走るというだけではない、僕自身も含めていろいろな人のいろいろな思いが込められていて、すごくいいなと思っています。

今も毎年いろいろと工夫してかっこいいポスターを小松さんがつくっていますけれど、第一回の長距離を歩く装束に身を包んだお坊さんと、ランナーが、杉林に囲まれた参道ですれ違う写真のポスターを自分も関わって作らせてもらった時は「いいメッセージができるものができた」と感動しましたね。かつてはそうした装束のお坊さんたちが行き交った道を現代のランナーが走る、過去と未来が交差するなど、いろんなストーリーが表現されていて、たくさんの思いが溢れています。ちなみに、お坊さんは小松さんで、ランナーは僕なんですよ(笑)。

小松:もちろん、なかには慎重な意見もあって、「修行の道、信仰の道で人が死んだらどうするの?」とか、「事故が起きてマイナスイメージがついたらどうするの?」なんて厳しい声をいただくこともありましたが、「大丈夫です、大丈夫です」と。今思うと、何ら根拠のない「大丈夫です」なのですが(笑)、とにかく1回やってみようとその一心で動き、何とか開催できたのが、2013年12月1日に開催した最初のレースです。ロングコースとショートコース、合わせて350名が参加してくれました。

実際にやってみると、好意的な声がたくさん寄せられるようになりました。実は、11月の末以降は、身延山にとってはオフシーズンに入るんですね。それで、レースの開催を、参拝者の来訪が終わった次の週くらいに設定したところ、いつもならお客さんが無い時期に、カラフルなウェアの人たちがワサワサ来るので、皆さんとても驚かれたようで、旅館や門前町の方々の反応もとても良かったですね。

 

大会の様子1

 

大会の様子2

 

レジェンドが語る、トレイルランニングの魅力

石川:実は僕、大学まではサッカー一筋で、山歩きなんてすることは全くなかったんですよ。なのでトレイルランニングに出会って本来なら基本であるはずの山を歩いて登るというようなことをすっ飛ばして、最初から走り始めてしまったんですね。自然の中を走るって、本当に気持ちがいいんですよ。そんなわけで、最初の数年間は、純粋に自然豊かな山を走るということを楽しんでいました。そして、その後レースに出たら、それまでがすごく良いトレーニングになっていたようでいきなり入賞し、そこから競技者として活動するようになりました。

トレイルランニングにはたくさんの魅力があるのですが、まず、本来なら1日かけて一つの山しか登れないところ、走ることによって、3つも4つも行けてしまいますよね。だから、この山へ行ってあの山へ行って、この山を回って戻ってこようというような沢山の山とそこで出会える景色を楽しむことができますよね。

登山道や山道には、二つとして同じがないことも大きな魅力ですね。例えば踏み場、石も、木の根も、木の葉や草の感触も、すべてが一期一会です。山の中には100mの直線なんてほとんどなくて見通しが悪いから、あのカーブを曲がったらどんな景色が広がるんだろう、あの上まで登ったら何が見えるんだろうと常にワクワクするし、同じ場所でも、春先なら花が咲いていたり緑がきれいだったり、秋は秋で、赤や黄色に色づいた葉が見えたりと、季節によって景色もにおいも違う。路面も景色もいろんな変化があるんです。走ってアドレナリンが出ている状態でそういうものを見ると、余計にスパーンと入ってくるんですね。最初の頃は、その美しさ、雄大さに走りながら自然に涙が溢れてくるようなこともあって、そういう言葉では言い表せない感動も、トレイルランニングに魅了された大きな要因だと思います。

さらに、競技では、相手と自分との駆け引きという新たな魅力も加わります。レースの距離も、5km位から始まって、30km、50km、100km、160kmと、どんどん長くなっていく。160kmなんて距離になると、走破するのに十数時間かかる。ちょっとした自分の足で走る旅なんですよね。もちろん、順位やタイムとの戦いなのでキツイんですけれど、そんなところにも魅力を感じて、僕はこのスポーツ競技にはまって、気がつけば20数年が経っていたという感じですね。

石川さん小松さん2

 

初開催から10年、今思う未来

小松:2013年に「修行走」を初めて開催してから、10年が経ちました。この間、いろいろと工夫しながらやってきて、今年も全国からたくさんの方に来ていただき、大会を成功させることができましたけれど、またまだやりたいことはいくらでもあるんです。例えば、この大会はまた海外に発信することができていないので、英語版のホームページを作ったり、外国人ツアーバスを企画したりしたいというのも、そのひとつですね。

また、僕が12年前に石川さんと出会って、それまで抱いていた「身延往還を使って何かをやりたい」という思いを実現できたように、新しいアイデアを自分で実現していく楽しさを若い人にも知ってほしい、体験してほしいとも思っています。自分でやったらこれだけの成果がありましたとか、新しい物をやればこれだけの人が来てくれましたとか、そういう、体験ってすごく自信になるし、これからのこの町を支える大きな力にもなっていくと思うんです。

もちろん、「修行走」を一緒にやりたいという人がいてくれたらそれは嬉しいし、大歓迎なのですが、それだけじゃなく、「こんなことを考えているから、一緒にやりませんか?」とか、「こんなことをやりたいから、力を貸してくれませんか?」という若い人が現れることにも大いに期待をしています。当時は若手といわれていた私の脳みそもどんどん高齢化して、そのうち老害と言われるようになるわけですから、新しい人がどんどん入ってきて、新しい考えで、「こういう人を呼ぼう」「こういうことをやろう」「こういうものができるよ」と声を上げ、さらにそれが実現できるようになっていくと、この町も、一人ひとりの人生も、もっともっとおもしろくなるんじゃないかなと思うし、私自身も、若い人たちともっと一緒に新しいことをやりたいなと思っています。そしてそれが、これからの信仰や久遠寺へとつながっていったらいいのかなと思いますね。

 

石川さん小松さん3

 

石川:「修行走」は、僕にとっても特別な思いを持って関わらせていただいてきたレースなので、今、こういう形になっていることを誇りに思います。
そして、僕が小松さんと出会って身延山や七面山を知ったように、トレイルランニングをする人たちにも、文化を含めて知ってもらいたいなとも思っています。山もそうですけれど、門前町の風情やそこに暮らす人々の温かさ、そういった良さというのは、来て見て触れてみないとわからないと思うので、ぜひ来てほしいなと。僕自身が何度も通ってこの町を大好きになったように、これからは、レースの参加者をこの町のファンに育てていけたらいいなと思っています。僕は、これまでも、毎回レースに参加された方々に、「この魅力あるコースを走ることは修行です、その結果とても良いトレーニングにもなりますよ、いろいろな意味でぜひこのフィールドのファンになってください」と言ってきましたが、このコースは「修行」の文字の如く、競技者にとってもトレーニングにも最適なので、身体作りやスキルアップの面からも身延山の地域の魅力と共に伝えていきたですね。

小松さんは、この12年間の間にすっかりトレイルランニングにはまって、ご自身もレースに参戦されるようになっただけでなく、走ることをライフワークとしていろいろなことを表現され、発信されるようにもなりました。実は昨日、「修行走」のスタート前に、外国人のグループを見かけたので話しかけたら、小松さんの「巡礼走」のユーチューブを見て、走るという文化、仏教という文化など感じるものがあって、参加したと言うんですね。これはすごいことだと思うんです。僕はトレイルランニングを普及させる側ではあるのですが、この12年間の活動を通して、小松さんやこの地域のファンになったという面もあるので、これからも、小松さんの考えていることを一緒になって伝えていきたいなと思いますね。

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